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古いもの
エンジュの村の広場
エガ/てせ小6
 今、千三百年たった法隆寺のヒノキの柱と新しいヒノキの柱とではどちらが
強いかときかれたら、それは新しいほうさ、と答えるにちがいない。だが、そ
の答えは正しくない。なぜならヒノキは
、切られてから二、三百年の間は、強さや剛性がじわじわと増して二、三割も
上昇し、その時期を過ぎて後、ゆるやかに下降する。その下がりカーブのとこ
ろに法隆寺の柱が位置していて、新しい
柱とほぼ同じくらいの強さになっているからである。つまり、木は切られた時
に第一の生を断つが、建築の用材として使われると再び第二の生が始まって、
 
 また、このような話がある。むかし、線路工夫が、頭にかさをかぶって体に
蓑を着けて、足にわらぐつをはいて作業をしていた。それを見ていたアメリカ
人は、レインコートと長靴をかってやろうと言った。そのアメリカ人は、レイ
ンコートをかってきた。工夫は、それを来て、作業をした。そうしたらどうだ
ろう、なぜか、工夫は仕事ができないのだ。それは、レインコートの中で汗が
溜まって苦しくなったのである。どこが似ているかと言うと、古いものより新
しいものの方が衰えていると言うたとえである。この話しは中根先生に教えて
もらったことである。
 
 私たちの周りでも似た話しはある。私はこの文章をパソコンで書いている。
しかし、むかしには、パソコンなどない。文章を書くためには、直筆で書かな
ければならない。しかし、そのほうが文字がうまいというかあじのある文字に
なる。これも、一つのむかしのものがすぐれている証拠である。
 
 私たちは、新しいものが良いと思いがちである。しかし、この文読んで昔の
ものの方がすぐれているところがあると知った。また、それも昔の人が生きる
知恵だと思う。この文を読んで勉強になったと私は思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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