Word Flower Blooms -言葉の森- |
アジサイ | の | 滝 | の広場 |
ペー吉 | / | うき | 中3 |
「言葉」とは、「言」の「葉」である。人の紡ぐ魔法、葉のようにあちこち |
へ広がっていく、無限の可能性をもった魔法である。最近、その言葉の美しさ |
、偉大さが落ちぶれている感がある。例えば日本語は英語でなく、また英語は |
日本語ではないということ。当たり前のことのように見えるが、それ故に忘れ |
られやすいことでもある。英語の表記を表したい時、例えば「apple」を文章 |
に書きたい時に、英語のわからない人でも読めるようにと「アップル」と表す |
ことがある。主に広告などにこの手法が使われるが、実際は「apple」は決し |
て「アップル」ではない。敢えて片仮名で表記すれば「アポォ」という風にな |
るが、それも正確ではない。appleはappleでしかないのである。言葉には各々 |
の持つ意味や美しさがある。表記の乱れは、それを霞ませることにしかならな |
い。我々は、言葉の表記にもっと気を遣うべきである。 |
先も述べたように、言語とはそれ特有の意味がある。私は言語学に造詣が深 |
いわけではないので、あまり詳しいことは書けないが、それは確かだ。例えば |
、「風」という字は、虫が強い風に吹かれていく姿を表現している。これが「 |
kaze」と表記されたとしたら、「風」という字のもつ意味は伝わりきらない。 |
「wind」はいい。しかし、「kaze」は音を紙の上に乗せただけであり、字の持 |
つ意味を消してしまう。ただの音になった言葉はそこからなにも生みだせぬま |
ま枯れていく。 |
日本のトップアーティストであるB'zは、言葉をよく知っている。ともすれ |
ば音楽に乗せる音としての言葉だけを見てしまいそうになる作詞。だが、作詞 |
担当の稲葉浩志は、まず英語ですべての詞を書くそうだ。その後で、それを日 |
本語に直していく。英語の美しさをもち、日本語の美しさも活かそうとする姿 |
勢だ。彼らの歌詞には英語が多く使われ、英歌詞の特性を上手く活かしている |
。 |
確かに、片仮名表記は外来語を学んでいない人間にもわかりやすいし、言葉 |
の雰囲気をすぐつかみやすくはなるだろう。日本語のローマ字表記も、訳しに |
くい日本語音のニュアンスを伝えたいならばいいかもしれない。先に例に挙げ |
たB'zも、「スイマーよ!」というタイトルの歌を出している。言葉に身近な |
感覚があるし、分かりやすい。それはそれで効果的な使い方だ。しかし、それ |
でもやはりスイマーはswimmerでないのである。言語本来のもつ意味ではない |
のである。言葉の範囲を広げていくことは大切だが、それが言葉の華を潰さな |
いようにしていくことはもっと大切である。言の葉を広げていくこと。水をや |
りすぎてそれを枯らせないこと。外国の文化と接する機会が多くなった今、そ |
れが私たちに必要である。 |