そこは、日本ではないアジアのある村です。その村の一角に、日本語学校があります。ただ日本語を学ぶだけでなく、日本文化を学ぶ学校です。
そこの生徒の多くは、小学1年生から3年生の時期に、日本に3年間留学します。そして、そのあと現地に戻り、現地の学校で勉強を続けます。
子供たちが中学生や高校生になると、現在のMOOCと同じように、その村にいながらにしてネットワークで世界中の優れた授業を学ぶことができます。大学生になると、世界中の最先端の学問を、自分のいる村で学べるのです。
そういう人たちがリーダーとなり、その国の伝統を生かした子供たちの教材を作っています。その教材を通して、その国の文化と伝統、そして日本語と日本文化を学ぶのです。
その時代には、日本語は、英語と同じように世界共通語となっています。
では、小学1年生からの日本留学はどこに行くのでしょうか。
そこは、日本のある山あいのキャンプ村です。山の斜面に、牛と馬とポニーと山羊が放牧されています。そして、犬やアヒルやニワトリやクジャクが庭で遊んでいます。
ここでは、野生の動物たちも人間に慣れているので、小鳥やシカやリスやウサギやサルたちも人間を恐れません。
牛や馬の放牧は、山地酪農という方法で、牛や山羊や馬が、山野に生えている草を食べて自然に暮らしています。
このキャンプ村では、子供たちは、午前中寺子屋で勉強します。そして、午後は、馬やポニーに乗って近くの野山や川で遊びます。
午前中の寺子屋は、ネットワークでつながった都会に住む講師がアドバイスをします。
講師の中には、このキャンプ村に移住してくる人もいます。
この時代には、フリーに近いエネルギーが実用化されているので、川の一部は温泉のようになり、冬でも川遊びができます。
農業の基本は、水耕栽培で、ほとんどの農産物は工場で自動的に生産されています。昔ながらの土の上での農業は、趣味として行うものになっています。
このキャンプ村では、子供たちの教育と遊びが、村の運営のひとつの中心になっています。
もうひとつの中心は、文化作りです。
この村では、毎月のようにお祭りがあります。そのお祭りでは、村に住む大人たちが、自分の創造を発表する場になっています。新しく個性的な、芸術、音楽、文化、スポーツ、料理、遊び、学問などを創造すると、それらを互いに教え合い、学び合う場が形成されます。
そういう文化のいくつかは、輸出産業となっています。
また、もうひとつの産業は観光です。世界中から、この平和で創造的な村に観光にやってくるのです。
このキャンプ村のような場所は、既に日本の田舎には無数にあります。
どの村も、それぞれの地域の特性を生かして、文化と観光と世界中の子供たちの教育を行っているのです。