子供が成長する場は家庭です。
学校でも塾でも何かの習い事の教室でもありません。
家庭でのお父さんとお母さんの関わり方が、子供の成長のエネルギーになっています。
子育てに手がかかって大変だというのは、あとからふりかえればほんのわずかの時期です。
そのわずかの時期に手をかけることが、あとで親にも子にも何倍にもなって戻ってくるのです。
では、具体的にどうしたらいいかというと、それは、読書と対話と経験です。
お金をかけてどこかのレジャーランドに連れていくようなことではなく、日常の生活の中で、子供が興味を持つようなことを一緒にやってみるのです。
先日の小2と小3の思考発表クラブで紹介した話は、「ジグも釣り」でした。
今日の新小4の思考発表クラブでで紹介した話は、「山菜採り」でした。
こういう実際の自然の体験をもとに、親子でいろいろなことを話してみるのです。
「どうして、ジグモは土の中に巣を作るような生活を始めたんだろう」とか
「どうして、タラの木には棘が生えているんだろう」とかいう話です。
今の社会には、答えのある質問にどれだけ早く答えられるかいう評価が溢れています。
だから、家庭では、答えのない考える対話を親子でたっぷりしていくといいのです。
では、答えのある問題に早く答える力はどう育てたらいいかというと、それは自学自習です。
勉強の基礎と先取りは、自学自習でしっかり身につけ、その結果余裕のできた時間は、読書と対話と経験で充実させていくといいのです。
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「仕事優先の社会から子供優先の社会へ」
https://www.mori7.com/index.php?e=1464
今は、大人の仕事や生活が中心の社会だが、
将来は、子供の幸福な成長が中心の社会になる。
仕事優先から子供優先になったとき、
社会の質も変わってくる。
子供が小学生なのに、父親だけ単身赴任という家庭があります。
会社の都合が優先され、父親不在の家庭が生まれることによって、社会全体としては大きな損失を被っているはずですが、そのことを指摘する人はほとんどいません。
仕事優先の考えが行きわたっているからです。
子供が小学生なのに、仕事にくたびれたお父さんが、せっかくの日曜日に昼まで寝ている家庭があります。(あ、たまにはいいんですけど(笑))
やはり、仕事優先の考えが行きわたっているからです。
子供たちの成長の基盤になるのは家庭です。
どういう家庭が理想かということは、自分が子供だったときのことを思い出してみればわかります。
優しい父と母、楽しいお喋り、自由な時間が子供たちの宝物の時間だったはずです。
そういう家庭文化を作っていくのが、これからの親も含めた社会全体の課題になると思います。
今日は雨模様の静かな日曜日。
こういう日も、まず家の中で、お父さんかお母さんが率先して太陽のような笑顔を見せることです。
子供は影響されやすいので、すぐに楽しい笑い声が広がります。
どんな天気の日も、家の中だけは快晴にしていきましょう。
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子育ての最中は大変です。手のかかることばかりがあります。
しかし、じきに子供は成長して、どの子も手がかからなくなります。
すると、そのころになって、もっと小さいときに手をかけてやればよかったと思うのです。
だから、お父さんは、日曜日はがんばって子供と遊んであげることです(笑)。
親子の対話で大事なことは、親は、自分の体験したこと、自分の考えたことを話すようにすることです。
自分の知っていることを話すという知識のやりとりは、結局答えのある話になってしまうからです。
成長につれ、子どもとの関わりも減りつつありますが、それでもなお、会話を通し、コミュニケーションを大切にしてきたいですね。
外がどんな嵐であろうとも、家の中はいつも快晴で! 心がけていきたいです。
家庭の日常生活が、子どもの成長に与える影響の大きさを、もう一度自分の中で自覚したい・・・お父様お母様に読んでいただきたい記事です。
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国語力をつけるために、特別の問題集をやったり、新聞のコラムを要約させたりする必要はありません。
もっと簡単に、問題集の問題文を読ませて、それをもとに親子で対話をすればいいのです。
その際に大事なことは、親子でともに対話を楽しむことです。
その対話の文化を作るためには、子供がまだ小さいころから親子で、何かのテーマについて話し合う機会を作っておくといいのです。
作文の課題は、ちょうどその話し合うきっかけになります。
低学年のうちは、低学年らしい楽しい課題として実行課題集があります。
高学年になると、入試レベルの作文に対応した考える感想文課題が出てきます。
そのそれぞれの課題に合わせて、親子で話をする習慣を作っておくことが、国語力を育てる最も簡単で確実な方法なのです。
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「国語力をつけるための勉強としての要約と対話について」
https://www.mori7.com/index.php?e=1763
要約という勉強は、それはそれなりにいいのですが、難点は時間のかかることと、評価する人がいないとできないように思われていることです。
言葉の森では、以前から、解く勉強ではなく読む勉強、形の残る勉強ではなく形の残らない勉強ということを言っていますが、この場合も、それがあてはまります。
要約に時間がかかるのは、形の残る勉強だからです。形を残すことにこだわるから、内容がかえっておろそかになりやすいのです。
大事なことは、要約を書くことではなく、元の文章を読み取ることです。だから、読み取ったことがわかればいいのです。
その方法が対話です。
例えば、子供がある長文を読むとします。言葉の森の課題の長文は1600字程度のものが多いので数分で読めます。しかし、難しい内容のものは1回読んだだけではあまり理解できないので、何度も繰り返し読む必要があります。
文章というものは、もともと理解できるようにできています。その理解の仕方は、ひとつひとつの単語の意味を調べて積み上げるような分析的な方法によってではなく、文章全体を繰り返し読むという総合的な方法によってです。
文章の理解というものは、○と×がつけられるような平面的なものではありません。浅い理解から深い理解へと何層にも分けられるような性質のものです。繰り返し読むことによって、最初はわからなかったことがだんだんわかるようになるという読み方ができるのです。
そして、その文章を読んで自分なりに理解できた範囲で、子供がその内容をお父さんやお母さんに説明します。これが対話の出発点です。
お父さんやお母さんは、元の長文を読んでいる必要はありません(読んでいてももちろんいいのですが)。ただ、子供の説明を聞いて、その内容がわかればいいのです。
もし、説明がわかりにくければ、質問をすればいいだけです。文章の内容を自分なりに理解している子なら、そういう質問にもそれなりに答えられます。
ここから更に発展して、お父さんやお母さんが、その説明に関連した似た例を話したり、互いに感想を述べ合ったりすれば、文章の理解はより深まります。
対話は、要約に比べると形の残らない勉強です。しかし、準備も要らなければ評価も要りません。ただ家族で楽しく話をするだけで、要約よりももっと深い文章理解の勉強ができるのです。
しかし、この対話という勉強法は、それなりの工夫も必要です。それは、家庭における対話の文化を作っておくという工夫です。
多くの家庭では、子供が親に長文の内容を説明して、それをもとに楽しい対話が始まるというような経験をしていません。子供もそういう話をすることに慣れていないし、親もそういう話を聞くことに慣れていません。
だから、最初は、子供に長文の内容を説明させても、ぽつりぽつりとしか話せません。親も、それを聞いているうちにいらだって、説明の仕方を注意するようになりがちです。それでは、楽しい対話ではなく、厳しい詰問になってしまいます。
また、親が似た例を話すときも、本当は自分の体験に根ざしたことを話すのが大事なのですが、親の体面上知っている知識を話すだけになってしまうことも多いのです。そうすると、これも楽しい対話ではなく、つまらない講義を聞いているような話になってしまいます。
では、楽しい対話をするためには、どうしたらいいのでしょうか。
それは、子供が小学校低学年のまだ小さいころから、家族で楽しく真面目な話をする機会を作っておくことです。高学年になって難しい長文を読めるようになってからの対話では、うまく行かないことも多いのです。
対話の第一の条件は、親が一切注意をしないということです。これは、作文にも、音読にも、暗唱にも共通します。
よく子供が作文を見せてくれないという相談がありますが、それは作文を見て注意したことが何度かあったからです。同じように、音読を親の前でするのを嫌がるというのも、その音読の仕方を何度か注意したことがあったからです。子供が、親の前で長文の説明をするのを嫌がるとしたら、それは説明の仕方を注意したことがあったからです。
言葉というものは、外から注意しなくても、繰り返すうちに自然によくなっていく性質があります。お父さんやお母さんが、今普通に文章を書いたり、読んだり、説明したりできるのは、だれかに注意されてできるようになったのではありません。長年、言葉の生活をする中で自然に身につけていったのです。
だから、子供の作文や音読や説明も、自然に任せていれば自然にいいものになっていきます。
それでは、なぜそれらの勉強をするかというと、機会を増やすことによってよりよいものになるからです。そして、機会を増やすためには、楽しく行うことが大事です。楽しく行うためには、小学校低学年(実はもっと小さい幼児)から、子供が文章を書いたり読んだり話したりすることを褒めて伸ばしてあげる必要があるのです。
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勉強は意欲によって身につきます。
作文や対話がなぜいい勉強になるかというと、そこに伝えたい、話したい、聞きたいという動機が働くからです。
その必要性によって考える力が向上するのです。
対話というのは、知っている知識を伝達することではなく、それぞれのオリジナルな考えを述べ合うことです。
そのために役に立つのが、親自身の子供のころの体験談です。
テーマに合わせて、自分の小さいころの体験を思い出して子供に話すのが親子の対話の中心です。
親の普段見られない小さいころのドジな体験を聞いて、子供は成長していくのです。
対話を楽しむ習慣があると、学年が上がっても同じように楽しむことができそうです。
躾も学習も、まずは家庭で行うことが大切ですね。
親子の対話は、楽しい上に、国語力がアップし、一石二鳥ですね。
特別なことをしなくても、家庭での楽しい会話が作文のヒントになっているのだなあと感じることがよくあります。講師もお子さんと楽しい対話を心がけ、作文のヒントを引き出していますが、やはりおうちでの対話に勝るものはないですね。
特別なことをしなくても、家庭での楽しい会話が作文のヒントになっているのだなあと感じることがよくあります。講師もお子さんと楽しい対話を心がけ、作文のヒントを引き出していますが、やはりおうちでの対話に勝るものはないですね。
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人間の能力は、必要によって開花します。
思考力を育てるためには、思考力が必要な環境にする必要があります。
それが、読書と対話です。
内容を理解したいが、理解するためには考えないといけないというときに、考える力が伸びるのです。
しかし、子供の周囲には、そういう考える読書の環境はあまりありません。
それに応じて、家庭での対話も、日常的な話題に終始することが多くなりがちです。
そこでおすすめしたいのが、問題集読書をもとにした親子の対話です。
国語の入試問題には、一部に読み取りにくいだけのものもありますが、多くは考える内容を含んでいます。
この問題集の問題の設問を解くのではありません。
解く勉強は、解き方のコツとして短期間でできるのでそういうことに時間を使う必要はありません。
そうではなく、ただ問題の文章を読むのです。
それもただ読むのではなく、音読で、しかも1冊を読み終えたら最初に戻り繰り返し5回読むようにします。
算数数学の問題集は、解けない問題が一問もなくなるまで解くことによって力がつきます。
国語の問題集は、1冊を繰り返し読むことによって力がつきます。
そして、家庭で対話の時間をとり、それまでに読んだ問題文の中から一つを選び、親子で話をします。
この繰り返しの読書と、身近な人との対話によって語彙力がつき、理解力と表現力が伸びていきます。
問題集読書を始めると、必ず国語の成績が上がります。
国語力とは、結局読解力で、読解力とは思考力のことです。
そして、思考力に必要な語彙力は辞典などで身につけるものではなく、読書と対話という必要に応じて自然に身につくものなのです。
ただし、問題集読書は、実は家庭で続けるのはなかなか大変です。
それは、読む力がついていないうちは、問題集の文章は難しいだけで面白くないからです。
問題集の文章が面白くなるのは、読む力がついてからです。
その読む力を最初につける練習が、今、自主学習クラスでやっている問題集読書のチェックです。
自主学習クラス( https://www.mori7.com/teraon/jiga/jiga.php )
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「読解力、記述力のもとになる思考力を鍛える、国語問題集読書のあとの質問と対話」
https://www.mori7.com/index.php?e=2350
子供の思考力を育てる最もよい方法は、考える読書と考える対話をすることです。
寺子屋オンエアでは、国語問題集読書のあとに、生徒が50文字の感想を書きそれを発表します。そのあと、先生から生徒に簡単な質問があります。
この質問にどう答えるかというのが、その生徒の読解力と思考力の指標になります。
低中学年の読む文章は、内容を理解できているかということがわかりやすいのですが、高学年になると、どこまで深く読み取っているかという読みの深さの差が出てきます。
従来の勉強の仕方は、先生が説明することを生徒が聞いて理解するという受け身のものでした。しかし、これでは表面的にわかったつもりになるだけの生徒も多かったのです。
これからの勉強は、先生が説明するのではなく、生徒が説明するのを先生が聞くという形のものになります。これは、国語に限らず、算数数学の勉強でも同じです。自分ができなかった問題を解法を見て理解し、その理解したことを先生に説明するという勉強をすると、理解が確実に自分のものになります。
読解力、記述力を鍛える勉強法は、これまではあまりありませんでした。これからは、問題集読書による難しい文章の復読、感想、質問と対話などが新しい勉強の方法になっていくと思います。
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思考力は、思考力をつける問題集を解いても身につきません。
問題を解く勉強は、結局、解法を理解して覚える、記憶の勉強になってしまうからです。
思考力は、思考を必要な環境に置かれることによって成長するのです。
国語力をつける問題集などというものはありません。
国語力は、教材によってつくのではなく、その教材の活用の仕方によってつくのです。
その活用の仕方が、その教材を読むことと、その教材をもとにして対話をすることです。
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