アインシュタインは、軍隊のような学校の勉強が大嫌いでした。
しかし、家に帰ってから、ヤコブおじさんによって数学の面白さを教えてもらったのです。
また、アインシュタインは、厳しい音楽の先生が大嫌いでした。
しかし、家に帰ってバイオリンで遊んでいるうちに、音楽の楽しさに目覚めたのです。(「アインシュタイン」岡田好恵著より)
つまらないことを我慢してやるのが勉強だと思っている大人に教えられれば、その子はつまらないことを最低限のエネルギーでやろうとします。
1時間の枠で勉強しなければならないとしたら、その1時間の間、ひたすら自分ができる問題だけをやり続けたりするのです。
それは、人に見せるための勉強です。
時間をかけても、身につくものはほとんど何もありません。
勉強は、本来学ぶことが面白いと思っている大人によって教えられるべきです。
その大人は、お母さんでも先生でもいいのです。
今の勉強は、面白さをテストや賞品や競争によって演出しようとしています。
そういう外側からの人為的な面白さではなく、勉強そのものが持つ創造的な面白さを味わうようにさせることが大事なのです。
その勉強を、寺オン作文コースや発表学習コースによって広げていきたいと思っています。
ある、先生どうしの会合の中で、次のような質問がありました。
「生徒に、算数や数学の分からないところを質問されて、すぐには答えられ答えられない場合、どうしたらよいか」
このようなことを聞かれて、私はとっさに、
「先生は教えるのが仕事ではないので、子供に自分で考えさせるといい。もし、それでもどうしてもわからない場合は、お母さんに聞くようにするといい」
と言いました。
すると、ほとんどの先生は、「そんなあ」という感じで笑っていたようです。
しかし、これは、実はきわめて重要な教育の原則なのです。
それは、教えないことによって子供が真に成長するからです。
もし子供にわからないことを聞かれて、すぐその場で教えれば、そのときは理解が早まりその直後の成績はよくなるでしょう。
しかし、そこで教えられたことは確かにすぐに身につくように見えますが、その定着の仕方は浅いので、すぐに忘れてしまうことが多いのです。
そしてその代わり、教えてもらうことを繰り返して身につくのは、人に教わって学ぶという勉強姿勢の方なのです。
教わって学ぶことに慣れた子は、教えを乞う勉強を続けていきます。
すると、大学入試までは、教えを乞う勉強法で何とかやっていけますが、やがて途中から教えてくれる人はいなくなります。
すると、そこで成長が止まってしまうのです。
もし教えられなければ、自分で考えて理解しようとするはずです。
中学3年生までの義務教育の勉強は、どんなに難しく見える問題であっても、解法を見れば誰でも理解できるようになっています。
解法がない問題を考えるのは時間の無駄ですが、解法がありさえすれば誰でもわかるようになっているのです。
確かに、自分で理解しようとする勉強は能率が悪いので、成績はなかなか上がりません。
しかし、ここで身についているものは、単に成績ではなく、自ら学ぶという姿勢なのです。
自ら学ぶ姿勢を持った子供は、教える人がいなくなっても自分で学んでいきます。
だから、途中から勉強が加速し、それまで能率よく教わってきた生徒をやがて追い抜いてしまいます。
シュタイナー教育の例に見られるように、小学校の低学年のうちはまるで無駄な遠回りをして遊んでいるように見える教育が、途中から自力で学ぶ姿勢によって加速していくのと同じです。
この自ら学ぶ姿勢は、学校を卒業し社会に出てからも続きます。
モンテッソーリ教育を受けた子供たちが、社会に出てから創造的な仕事をすると言われるのは、やはり自ら学ぶ姿勢を身につけて成長したからでしょう。
ただし、もちろん、義務教育の勉強の中にも、子供がいくら考えても分からない問題というのはたまにあります。
その理由は、解法の説明が、その子にとっては不十分だという場合があるからです。
そのときはどうしたらよいかというと、それはお母さんが一緒に考えて教えてあげるのです。
お母さんが教えることも、確かに専門の先生が教えることよりも能率は悪いように見えますが、ここで身につくものは、親が一緒に考えるという家庭の教育文化なのです。
そして、もしそれでも分からない場合があれば、そのときは能率のために専門の先生に聞くというふうにすればよいのです。
中学3年生までは、子供の勉強のわからないところは、家庭で親が一緒bに考えるのがよいと思います。
大事なのは、勉強の内容でありません。
内容が大事になるのは、学問の先端を行く創造的な勉強をする場合だけです。
学校教育のレベルでの勉強は、内容はすでにすっかりできあがっています。その具体的な形が、解答付きの問題集です。
だから、内容を身につけることよりも、その身につけるときの方法や姿勢を身につけることの方がずっと大切なのです。
元キャノン社長の賀来龍三郎さんは、高校時代の恩師から、数学は公式から自分で考えて解けと教えられました。
その勉強法は、大学入試では時間切れという結果に終わり役に立ちませんでした。
しかし、社会に出てからはその姿勢が本当に役立ったと気がついたというのです。
子供の本当の成長を考えるのであれば、今成績を上げることよりも、将来にわたって続く勉強の姿勢を身につけることを第一に考えていくべきなのです
算数数学に関しては、入試に出てくる問題は一種のクイズと同じなので、解法を教えてもらえればすぐにわかりますが、解法を知らない状態で解こうとすると、その場では非常に時間がかかるという性質があります。
だから、算数や数学の問題は、解法がない状態では、算数数学を日常的に教えている人でなければすぐには答えることはできないと考えておくとよいのです。
しかし、解法があれば、普通の大人が少し考えればすぐに教えることができます。