https://www.youtube.com/watch?v=PY7iBVlXeEc
●かつて自作していた「ふりがな」の仕組み
昔、作文に先生の書く講評が子供自身にも読めるように、自動的にふりがなをつけることにしていました。
また、子供の課題フォルダの文章にも、学年配当漢字表に沿ってふりがなをつけることにしていました。
●無料公開で多くのアクセスを集めたページ
実は、そのプログラムを言葉の森のホームページに公開したところ、そのようなことを無料でできるサイトはほとんどなかったため、かなりアクセスがありました。
今でも森リンの講評は、そのふりがなの仕組みを使って学年別に読みやすくしています。
しかし、ふりがなページの方は、サーバー移転後に作り直す時間が取れず、止まったままにしています。
●AIが一瞬でやってしまったこと
しかし、今日ふと思って、AIに文章にふりがなをつけられるかどうか尋ねてみたところ、一瞬にして正確なふりがなをつけてくれました。
もうふりがなページを作り直す必要はなくなりました(笑)。
しかも、学年別配当漢字をもとにしてつけることもできるようです。
自分がこれまで何日間もかけて苦労して作ったふりがなソフトが、AIに頼めば一瞬でできたということです。
●仕事が消えるという現実
もし私がどこかの会社に雇われて、ふりがなソフトのメンテナンスをする仕事を任されていたとしたら、その仕事はもう必要なくなったということです。
こういうことが、これから社会のあちこちで起きてくるのだと思います。
●ホワイトカラー受難とロボットの進出
冨山和彦さんが述べているように、これからはホワイトカラー受難の時代で、生き残るのはブルーカラー、さらにある程度の技能を持ったライトブルーカラーになると思います。
単純なブルーカラーの仕事は、やがてAIロボットによって代替されるようになるでしょう。
衣服を折りたたむロボットや、安全に自動運転をしてくれるロボット、介護の手助けをしてくれるロボットなど、さまざまなものが出てくると思います。
●ベーシックインカムと「趣味の仕事」
しかし、社会全体としては働く仕事が減る代わりに、ベーシックインカムのような仕組みが出てくると思うので、人間のする仕事は、これまでのような与えられたものではなく、自分の趣味を生かすものになってくると思います。
●モノの経済から文化の経済へ
「趣味の生産」と「趣味の消費」との結びつきを考えると、それはモノの経済ではなく、文化の経済になります。
これまでの経済は、主に工業製品というモノの生産と消費中心に回っていました。
それは、モノが豊かになることが、人間の幸福感と結びついていたからです。
しかし、これからの人間の幸福感は、自分の成長や新たな自分の発見や新しい経験や新しい出会いのように、モノではなく生き方の文化に結びつくものになります。
それが文化の経済です。
●未来の親の言葉は逆転する
これから本当に求められてくる人材は、新しい文化を供給できる個性的な趣味の人ということになります。
昔のお母さんの言葉は、
「遊んでばかりいないで、勉強しなさい」
でしたが、未来のお母さんの言葉は、
「勉強ばかりしていないで、もっと遊びなさい」
になると思います。
●リベラルアーツこそが遊びを支える力
しかし、そのために必要なのは、個性的な遊びを生み出せる力で、それがリベラルアーツの力になります。
リベラルアーツの学力の中心は、読書と作文であり、それも質の高い読書と作文なのです。
▽参考ページ
冨山和彦氏の著書『ホワイトカラー消滅』:NHK出版新書
https://www.amazon.co.jp/dp/4140887281
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●勉強は「やる気」よりも「きっかけ」が問題
勉強や仕事の多くは、退屈なものです。
やりたくてやるというよりも、義務感でやらなければならないという面が強いからです。
子供が家で勉強する場合もそうです。
親に何度か促されてから、やっと勉強を始めるというのは、どこの家庭でもよくあることだと思います。
●やりたくないときに効果のある具体的方法
そこで、よい方法を説明します。
これは自分も普段の仕事で使っている方法で、やりたくない仕事をするときにはかなり効果があります。
●おすすめは勉強専用タイマー
まず、タイマーを用意します。
おすすめの機種は「ドリテック(dretec)勉強タイマー」です。
これまで何種類ものタイマーを試して、これがいちばん使いやすいという結論になりました。
https://www.amazon.co.jp/dp/B08XZ1S2MX
●占いで時間を決めるという遊び心
このタイマーをセットして勉強を開始するのですが、このタイマーの時間の設定の仕方にも面白いやり方があります。
まず、自分のやりたいことを心の中で考え、それがその時間内でできるかどうかを占います。
「○○は○分でできるかなあ……エイ!」
占いは、コインでも、サイコロでも、トランプでも何でもいいと思います。
ひとつの占いを決めて続けているうちに、その占いがだんだん当たるようになります。
●YESが出たら即スタート
占いの結果がYESだったら、タイマーをセットして、すぐに勉強開始です。
占いの結果がNOだったら、時間設定を変えて、YESが出るまで占います。
また、勉強の内容を決めるとき、30分以上かかるような長い勉強のときは、その内容を分割して短めの課題にして占います。
●自分で時間をコントロールする力
小学生のころは、親に言われて勉強を開始することが多いと思いますが、中学生以上は本人に任されているので、本人が自分で時間をコントロールして勉強を開始することが大事です。
●記録と可視化で継続力を育てる
この実行の結果を記録して表にしたりグラフにしたりすれば、継続する気持ちがわいてきます。
そのグラフの作り方は、また機会のあるときに説明します。
●「占い→タイマー→実行」がうまくいく理由
なぜ、この「占い→タイマー→実行」というやり方がいいかというと、実行にはエネルギーが必要だからです。
一般に、運動摩擦係数は静止摩擦係数よりも小さいことが知られています。
何もないところから突然実行しようとするよりも、まず小さなことを実行し、それが動き出してから次の行動をすると、ずっと楽になります。
占いをすることは簡単です。
タイマーのセットも簡単です。
その簡単な動作をしたあとは、すぐに本番の実行に移ることができるのです。
▼関連リンク
似た時間管理法としてポモドーロ・テクニックの解説:
https://shingakunet.com/journal/exam/20250123000003
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●曖昧な指導は、子供を迷わせる
「指導は曖昧な言葉では教えない」とは、次のようなことです。
例えば、「もっと具体的に」とか「もう少し分かりやすく」とか「もっと自分の個性を出して」とか、言われた方は、分かったような分からないような指導を受けることがあります。
●「中心」ではなく「いちばん何とかなのは」
言葉の森では、「中心を決める」ということよりも、「いちばん何とかなのは」という言葉を使おうということを、小学校低学年の子には話しています。
例えば、動物園に遠足に行った作文を書く場合、小学1・2年生は、最初から最後まで書こうとします。
それはそれでいいことなのですが、時間がないと、朝起きてから出かけていくまでで力尽きてしまうこともあります。
●感想を一段深める「一般化の主題」
小学校高学年では、作文に出来事と感想を書く場合、その感想が「とても楽しかったです」で終わるようになる子は少ないですが、それに近い個人的な感想でまとめてしまうことはよくあります。
そこで、より大きい視点からその出来事を考えるために、「人間は」とか「人間にとって」という言葉を使うということを、「一般化の主題」という言葉で指導しています。
●情景を生き生きさせる「会話を入れる」指導
また、子供の作文が出来事の平板な事実経過だけで終わらずに、そのときの情景を描写的に書くことをすすめるために、「会話を思い出して書こう」という指導もしています。
男の子は、一般に数字や名前をしっかり書くことに関心があり、「何時何分にどこどこの駅からどこどこの場所に行って」というような書き方をしますが、そのときの動作や情景にはあまり関心がありません。
そこで、「会話を入れて書く」という説明をすると、その作文に具体的な描写が生きてくるのです。
●数字や名前を意識させる指導
女の子は逆に、情景や動作を書くのは得意ですが、数字や名前のようなものにはあまり関心を持たない子が多いです。
そこで、「作文の中に数字や名前が分かることがあったら書いてみよう」という話をしています。
このように具体的な指導をすれば、子供たちが作文を書いたあとの先生の評価も具体的になります。
●運転教習に学ぶ、具体的な教え方
私は昔、自動車教習所で運転を教わっているとき、隣にいる指導員が、「窓ガラスのどこに何の標識が見えたらハンドルをあっちに切って、次にバックミラーのどこに何が映ったらハンドルをこっちに戻して」という、あまりにも分かりやすい教え方をしてくれたので、すぐに縦列駐車ができるようになりました。
そして、いったん形だけできるようになってしまえば、新しいところでも、同じような感覚で、目印がなくてもできるようになるのです。
●結果だけを見る評価の危うさ
文章を書くことが得意な人が作文を教える役割になると、往々にして子供の作文の未完成の部分を直そうとすることが多いものです。
例えば、子供が書き出しを工夫するために会話で始める作文を書くと、「会話の書き出しはワンパターンだ」などと言うのです。
書き出しの工夫は、子供たちの文章力の成長に応じて、書きやすい「会話の書き出し」から始めて、「情景の書き出し」や「動作の書き出し」や「名言の書き出し」などに進む可能性があるのですが、子供の作文を成長の過程として見ずに、結果だけを見て評価してしまうことがあるのです。
●欠点指摘が生む萎縮
ところが、そういう結果中心の評価をされた子はどうなるかというと、作文が苦手になるのです。
よく言われるのは、作文指導に熱心な先生のもとでは、作文嫌いの子が増えるということです。
子供たちの作文の良いところを褒める先生であればよいのですが、欠点を直すことを中心にする先生の場合は、子供たちが欠点を指摘されないようにと、作文を書くことに萎縮するようになります。
●保護者の関わり方も同じ
これは先生でなく、保護者が作文を教えるときも同じです。
子供が作文を書きながら、近くにいるお母さんに、「次はどう書くの」と聞いてくることがあるようです。
それは、そのお母さんがこれまで子供の書いた作文の結果を見て、間違いや弱点を指摘していたので、子供は、「書いてから注意されるよりも、書く前に聞いておこう」と判断するようになったのです。
こういう子供の心理を理解するためには、お母さんお父さんが、自分が子供だったころを思い出してみるとよいと思います。

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