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全体をとうして
アジサイ の広場
ひまわり あなつ 高1
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 最近クラシック音楽はおしゃれなファッションになることさえ出来る。特定
の商品を際立たせることをやめ、全般的な生活スタイルのイメージを操作しよ
うとしはじめた企業の文化戦略にとって、それは軽薄短小の次に来る「さらに
新しいもの」でありうる。しかし音楽作品とは本来切断してはならないものの
はずなのに、それをきりきざんで差し出すコマーシャルの十五秒間は、もはや
西洋近代のひとつの極限的な文化のかたちというより、おびただしく流通する
商業音楽を飽食する中でこそ光るエスニックのような新鮮さなのかもしれない
 
 季節がかわるとき、大体のドラマは最終回を迎える。そして新番組が始まる
。私は、数ある新ドラマの中からどれをみるか選び、それはきまって必ず最初
から最後まで見る。それによ
って、主人公やその他のひとなどの前後の行動がよくわかっているから、感情
などを素直に理解することが出来る。しかし暇だからといって今まで見ていな
かったドラマを見てみると、確かにその時は楽しいかもしれないが、後に残る
物が無い。最初から最後までとうしてみて全体として伝わるものが大切なのだ
 
 私には夏休みをずっとニュージーランドで過ごしスキーをするという友人が
いるが、彼女はスキーを娯楽とは違った楽しみ方をしている。娯楽のためにス
キーに行くのなら、三泊くらいで帰って来た方がいいだろう。一ヶ月毎日スキ
ーをするともなれば、娯楽どころではないのだ。飽きることもあるだろうし、
体力もきついだろう。しかしそうして得る楽しさは、娯楽とは計り知れないと
思う。スキーをつずけることによって、スキーのほんとの楽しさが分ってくる
のだ。
 
 クラシックもそうだ。長い音楽を全て聞くことによってその音楽のストーリ
ーというもくがわかりより楽しくなってくる。一部を聞くのも別に悪くは無い
とは思う。たとえそれだけでも楽しむことは出きる。しかし全体的に伝わるも
のが一番の楽しさなのではないかと思う。
 
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