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戦争の怖さ |
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太一 |
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あうけ |
中2 |
慰霊祭のたびに、官僚たちの挨拶がある。そのたびにその挨拶は違うと思った。犠牲が無ければ今の平和が無かったわけではないだろう。誰だって同胞たち |
の氏を無駄とは思いたくない。意義のある崇高な氏と見なしたい。数百万人の死と言う犠牲の上にしか20世紀後半の平和が成立しないのだとしたら、そんな |
平和は要らない。死者たちの上に築かれた平和を楽しむ資格など誰にも無いではないか。覚悟の犠牲ではなく、無念の死であったという前提から考えない限 |
り、また同じことが繰り返されるだろう。 |
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たしかに、戦争というのは恐ろしいものだ。無実な人たちを何万人と殺す。しかし、今の僕には、「戦争」の怖さがはっきり言ってあまり伝わってこない |
。戦争に関する本はいくつか読んではいるが、ただ、「戦争は怖い」としか思っていない。つまり、身を持ってまで「怖いもの」とは思っていないのだ。い |
くら「戦争の怖さを後世に伝えましょう」とはいっても、こちらから身をもって戦争の怖さを学べるものなど、身の回りにはあまり無いではないか。これで |
は、いつかは戦争というものの怖さが後世にうまく伝わらなく、僕のように、ただ「戦争は怖い」というものとしか取られなくなってしまう、そんなことも |
あるかもしれない。 |
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やはり、僕のような人は、まだ戦争の恐ろしさというのが心に深く刻み込まれていないのではないかと思う。だから、何らかの戦争に関する体験が必要だ |
と思う。人間、人から話をきくのにも影響は受けるが、実体験との違いは断然である。つまり、人から話しを聞くのも場合によっては心に深く刻み込まれる |
かもしれないが、やはり自分から何か戦争で被害にあったものなどを見たりしたほうが、心に深く刻み込まれると思う。 |
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「経験は、最良の教師である」と言うように、自分の心に一番深く刻み込まれるのは、やはり自分がした実体験である。だから、戦争の恐ろしさを後世に |
も伝えて行くためにも、実体験は豊富にしておくのが良いと思う。 |
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