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自分だけの物 |
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アジサイ |
の |
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の広場
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舞 |
/ |
あおき |
高2 |
机や椅子から始まり、アクセサリー、ピアノ、映画、食べ物、貝殻・・・・・。周りを見渡せば、数え切れない程の物が存在するが、その物一つ一つには |
それぞれの人のそれぞれの想いがあるに違いない。そして、あえて優劣をつけるとすれば、環境や思い出によって左右されうるだろう。しかしそれは、他人 |
の瞳をとおすと、全て”平等”に映る。というのは、どれを見てもそお各々の過去が見えないからである。だが、自分の思い出のものに対する想いはまた格 |
別なのだ。 |
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それは物だけではなく、人間に対しても当てはまる。人には様々な感情があるが、その中の小さな項目、ヤサシサをとってみるとしよう。すると、”人の |
為にやってあげる優しさ”、”やらないことの優しさ”、”困った時に一番欲しい言葉をくれる優しさ”、または”それを物で補ってくれる優しさ””自ら |
の手を差し伸べてくれる優しさ”など、他にも数多くのヤサシサが挙げられる。これらもまた、育った環境や状況、場所によって異なって形勢されるのだ。 |
その為、受けている側がそのヤサシサに全て気づく訳ではないし、また”おせっかい”と受け取る場合もしばしある。というのは、当然ヤサシサを受け取る |
側の期待するヤサシサも、その人の育った環境などに作用するからである。 |
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このように、物に対しても人に対しても、それぞれの想いは異なる。それ故、心が行き違えることもある。しかし、それぞれがその人にとっての人生の一 |
部分なのだ。だからこそ、我々は自分の大切なものやこだわりを見つける反面、相手のそれも見ようとしなければならない。そして作者の言うように、それ |
だけではなく自分だけの崇拝できるほどのものを持つことが重要なのだ。 |
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