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| 講評 |
| 題名: |
競争心の行き着く場所 |
| 名前: |
横浜太郎 |
さん( |
あわか |
) |
高1 |
アジサイ |
の |
道 |
の広場
|
| 内容 |
◎ |
字数 |
1685 |
字 |
構成 |
◎ |
題材 |
◎ |
表現: |
◎ |
主題: |
◎ |
表記: |
◎ |
"☆"「切磋琢磨し合う」などと昔はよくいわれたものだけど、今は「と~んでもない。砕けてしまったら困るでしょ。 |
| 」という感じなのかもしれないね。大きさも色も違う石たちは、より美しくなるために磨き合うのではなく、その違いだ |
| けが無意味に強調されてしまっている、そんな状態かな。 1・2段落で「競争と利害」について述べている点を、うまく |
| まとめの段落につなげられた。「表の意味と、隠された真の意味」の説明はいいね。真の意味を考えず、場当たり的に競 |
| 争を避けることで、「他を認め合う」ことができなくなっているのが、現代のいじめであるという考え方は、長文の主張 |
| と重なっている。現実的には、個々の差異は、言うまでもなく存在しているわけで、それをないものとすることによって |
| 、本来ある競争心が負のエネルギーとなっているのかもしれないね。あわか君の言葉を借りれば、「競争心とは自他を認 |
| 証する心だ」ということになるのかな。 細かな点になるけれど、書き出しの「動物の本能的な行動」は「生き物」にし |
| ておくといいね。「全てにおいて」とことわりがあるけれど、一般的に「企業=動物」とは捉えない。「企業は生き物で |
| ある」という言い方は、わりとよく使われるからね。 |
| |
けいこ |
先生( |
なら |
) |
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