| 「量より質」は大変だ |
| アジサイ | の | 空 | の広場 |
| 吉見 | / | こと | 大3 |
| 今日の社会では一人のデザイナーが大ヒット商品を創造することもあれば千 |
| 人の大事業所でも全く流行を生み出せないことがある。コンピューター・ソフ |
| トで大儲けする十八歳の少年もいれば「口こみ」だけで最高のイメージを得る |
| お店がある。これらの共通点は「質」の高さだ。産業革命後の私たちの価値観 |
| は「量」であった。たくさん欲しい、たくさん作る、という具合に「たくさん |
| 」が全てだった。しかし今日のような豊かな社会(先進国のみ)では「たくさ |
| ん」では価値評価できなくなった。消費者が「量より質」を求めるようになっ |
| たのだ。 |
| 相変わらず日本人は「グルメ」にうるさい。雑誌を見れば必ず「美味い店」 |
| が掲載されている。これも「質」である。昔の学生は「お腹がいっぱいになれ |
| ばいい」と思って安くて量の多いものばかり食べていたが今の学生は「少なく |
| てもいいから本当に美味いものが食べたい」と思うという。(私は前者ですが |
| )食事に限らず洋服、電気機器等、全てが「質」で評価されるようになってき |
| た。 |
| 近年「公募制推薦」を採用する大学が急増している。「公募制推薦」のメリ |
| ットはユニークな人材を確保できることだ。戦後の受験戦争は公式、年表、英 |
| 単語を頭に叩き込む「量」の戦いだった。受験戦争を勝ち抜いて入学した学生 |
| は文字通り「量の塊」であった。だが今日の社会は十八歳の少年でも才能さえ |
| あればコンピューター・ソフトで大儲けできる時代である。才能やセンスのよ |
| うな「質」が求められるようになったのだ。「公募制推薦」の急増も「質」の |
| 高い学生を求める大学の生き残りを賭けた戦いなのだ。 |
| 今日の平成不況における企業の大規模なリストラは「量から質への転換」で |
| ある。無駄に肥大した組織の贅肉を切り落とさなければ二十一世紀の大競争時 |
| 代では生き残ることは不可能だろう。「質」の高さを求めるのは悪いことでは |
| ない。しかし才能やセンスという「質」の勝負では勝敗が明確に分かれる。才 |
| 能やセンスが無ければ即、市場から撤退せねばならない。「質」を求めれば求 |
| めるほど厳しい社会に近づくことを私たちは認識する必要がある。 |