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So Let's Get Truth
アジサイの広場
ペー吉うき中3
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 かつて、人類が火をを始めてコントロールした時の火は、どこか霊的な存在
感を持っていたが、最近ではその感覚は忘れ去られている。家庭には電灯・ス
トーブ・電子レンジが現われ、火の機能は分解され、人畜無害な代物になって
しまったのである。また、火の構造は社会科され、個人が対処することのでき
ないレベルで暴走することがある。現代の火は、不気味な無害さを保ちながら
、突然の暴走の危険性をもったものと化している。
 
 なにかを知っていても、深いところは理解していないというのは非常に危険
な状態である。最近ひどくなっている中学生犯罪も、ゲームなどを通して「傷
つけること」があまりに身近になってしまったが故に、それがいかに恐ろしい
ことかがわからず起こっているのだろう。その姿は、どこか現代社会に潜む狂
った歯車を思わせる。また、私はパソコンを使ってインターネットを介し情報
を手に入れている。だが、私はパソコンの使用法をごく限られた範囲でしか知
らない。書き出してしまえば両手の指で足りるほどだ。だから、なんらかのト
ラブルが発生した場合には、対処法がわからない。いや、経験からある程度ど
うすればいいかはわかるが、経験していないことが起こった場合には、パソコ
ンを理解していないために対処しきれないのだ。
 
 ダイナマイトを発明したノーベルは、その爆薬が工事などの作業の効率を上
げ、人のために役立つことを望んだ。しかし、現実には、ダイナマイトは持ち
運びが簡単な殺傷兵器として、主に戦場で使われた。作成者であるノーベルの
思想は浅はかな考えによって踏みにじられ、彼は大量殺人の元凶になった。使
用者がそのものが作られた目的をきちんと理解していれば、そういったマイナ
ス面での応用をすることはなかったろう。
 
 応用することは悪いことではなくむしろ進歩へつながるという見方もあるだ
ろう。それは一面的に正しい。応用には良い応用と悪い応用があり、マイナス
へ進歩していく応用というものも存在するのだ。包丁の使用法は食物を調理の
ために切ることだ。また、包丁は人を殺すこともできる。だが、包丁で人を殺
したところで、なにか創造的な進歩がありえるだろうか。前へ向かうことは困
難かもしれないが、自ら後ろへ歩むことはないのではないか。我々は、過ちに
走らぬためにもっと様々なことを深く理解するべきだと思う。現代社会では、
機能のみが抽出された便利な製品が溢れているが、用法だけでなくその理論も
深く理解しておけば、様々な状況にも対応できるし、誤って使うこともないだ
ろう。こうした「もの」の利用に限らず、様々な人間関係などにおいても我々
は、よく他を理解し、前へ歩んでいくことが大事なのではないか。
 
 「大切なものはいつだって 目の前に転がっている。踏んづけないように 
蹴飛ばさないように 歩いていけるなら」。
 
 だれかを傷つける言葉。いつのまにか壊れかけた大切なもの。気がつけば足
元にあった夢。自らと他を、深く理解していくことが、少しずつどこかが狂っ
ていっている我々に、必要なのではないか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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