教育は、個人のためだけにあるのではありません。
個人の立身出世の手段としての教育という考え方は、福沢諭吉の時代なら意味がありました。
しかし、今はそうではありません。
よりよい世の中を作るために個人が成長するという、社会と個人の利益の両立が、これからの教育の目標です。
例えば、カンニングをしてでもいい点を取るというのは、社会全体の利益に反する個人の利益です。
それに対して、誰も見ていないところで、そっと人助けをするというのは、個人の利益にはならない社会の利益のための行動です。
この個人の利益にならない社会の利益のために行う行為を育てるのが、文化の教育です。
文化の教育は、点数には現れません。
だからこそ、この教育が最も大切なものです。
そして、こういう文化の教育を育てる場所は、まず第一に家庭なのです。
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教育とは、受験に合格するためにあるのではなく、人間として成長するためにあるものです。
だから、成績さえよければ、ほかのことをどうでもいいというのではなく、ほかのことをまずきちんと育てていく必要があります。
それが、身の回りの整頓だったり、弱い人への思いやりだったり、いざというときの勇気だったりするのです。
日本の社会のよさは、そういう教育が文化の中で自然に培われてきたことにあります。
これを更に意識的なものにしていく必要があると思います。
「受験の教育から、文化の教育へ」
https://www.mori7.com/index.php?e=2083
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