「葦編三絶」という言葉は、孔子が「易経」という書物をとじ紐(ひも)が三度も切れるほど繰り返し読んだという故事から来ています。
なぜ三度も繰り返し読んだかというと、その内容が理解できなかったからではなく、理解が浅かったと思ったからです。
一般に、難しい本を読む場合の理解は、何層にも分けて考えることができます。
1回目に読む場合、理解するところは、自分が既に何らかの形で理解しているものに近いところに限られます。
2回目に読むと、自分の理解が1回目より進んでいるために、もう一段深く新しいことを理解することができます。
3度目に読むと、さらにもう一段深く理解ができるようになります。
このように繰り返し読めば、それだけその本の内容の理解が深まります。
しかし、1回目に読んだだけでも一応自分なりに理解したつもりにはなっているので、自分の理解が浅い理解だという自覚がないのが普通です。
本を繰り返し読むことが大切なのは、繰り返し読むことによって理解を深めることができるからです。
子供が同じ本を繰り返して読むときも、同じような理解の深化があります。
だから、本をたくさん読む子よりも、同じ本を繰り返して読む子の方が、理解力も語彙力も増えてくるのです。
(つづく)