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「ああすれば、こうなる。」 ウグイス の広場
潤之介 かな 中1

 「ああすれば、こうなる」型の社会では、さらに違った側面が現れる。その一つは、時間の変質である。頭の中では、時間は過去、現在、未来に三分割さ
れる。本来の未来とは、「ああすれば、こうなる」で拘束されていない時間である。これを物語に描いたものが、『モモ』である。主人公が自称百歳のモモ という「少女」であることは、たいへん象徴的である。モモは「時間泥棒」と闘って、町の人々の幸福を取り戻そうとする。 政治家が国家百年を思わなく なった。医師は、もっぱら患者の検査に没頭する。だから医師は患者の「現在の」状態を徹底的に把握しようとする。それを把握すれば、「ああすれば、こ うなる」はずだということが、わかるはずだと思うからである。  

 私は今を生きることは大切だと思う。その理由は第一に、今を生きることは楽しいからである。上にも書いてあるように未来を想像して行動すると、「俺
がああすればあいつはこう言うな。」とか考えてしまい、相手がそのリアクションをしてもたいしておもしろくないだろう。だが、何も想像しないでしゃべ っていると、相手から答えが返ってきたときに、意表を突いた答えのような感じがしておもしろい。私は木登りをしているときや、部活をやっているときに 、今を生きていると言う実感が湧く。今を生きることは、後で振り替えると一見無駄な時間に見えるかもしれないし、くだらない時間に見えるかもしれない が、とても、素晴らしく、有意義な時間なのである。  

 第二の理由は、未来を想像して、それに縛られて行動するのは空しいしストレスがたまるからである。これは現代の社会にも言える。今を我慢してその我
慢した分を未来にもってって未来を楽しく生きようとすると、毎日の生活の仕方が「楽しく歌でも歌って仕事をしよう。」という考えから、「速く仕事を終 わらせて余った時間をもっと有意義な時間に使おう。」という考えになってしまい、せっせと仕事をして、今まで楽しくやっていた仕事が、忙しくつまらな いものになってその結果、ストレスがたまる。ストレスがたまると仕事をやる気が無くなり、結局何もしたくなくなってしまう。  

 確かに、未来をあれこれ想像するように、計画を立てることは大切だ。しかし私は、「人間は食べるために生きるのではなく、生きるために食べるのであ
る。」という名言があるように、今を貯金して、未来を楽しく生きようとするのは、とても意味のないことだと思う。  

 
                                                 
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