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STEM教育の先にあるもの――発表学習クラスの授業から as/3764.html
森川林 2019/06/25 08:04 

【前回の話】
 先日、面白い調査を見ました。
 STEM教育という言葉を知っている人は、子供の教育に対する関心が高いという調査結果です。
 私はSTEM教育というのは最近の本によく出てくる普通の言葉だと思っていたのでこの話は意外でした。

 STEMとは、サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、マセマティックスの頭文字です。
 これにアートをつけて最近流行っているのがSTEAMという言葉ですが、これはSTEMの本質とは別の概念を付け加えただけのもので、単なる思いつきのようなものです。

 それはともかく、STEM教育という言葉から受ける印象の第一は、こういう訳の分からないアルファベットは使わないでほしいということです(笑)。
 日本の教育が遅れていると思う最も大きな理由は、このように横文字が多すぎることです。

 それは結局、日本の風土や文化に根差した教育というものを作り出せない教育者が、海外からのものをただ日本に移植しようしているからだと思います。
 教育界は、戦後すぐのなし崩し的に欧米文化を受け入れた時代からほとんど進歩していないように思えます。

 ところで、私はこのSTEM教育というものに、基本の80%は賛同していますが、残りの20%は何か不足しているものがあるような気がしていました。

 それが、最近になって日本文化の根底に流れている重要な要素がないからではないかと思うようになりました。

 日本にも、江戸時代から、STEM教育の長い歴史がありました。
 だから、種子島の鉄砲もすぐに作ることができ、零戦や隼も作ることができたのです。

 しかし、そこにあるのは単なるサイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、マセマティックスではありませんでした。
 それだけなら、誰がやっても同じです。

 話は飛びますが、戦時中の日本にも、原爆を開発する計画があったようです。
 しかし、その計画を知った天皇が、たとえ戦争に勝つためと言ってもそういう兵器を開発してはならないと研究を止められたのです。
 日本人であれば、この感覚はよく分かると思います。

 このことに似た話は、日本の歴史には数多くあります。
 ただそれが、今の歴史教育の中に、ほとんど伝わっていないだけです。

 サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、マセマティクスの四つの言葉だけでは、「敵に勝つとはためとはいえそういう非間的な兵器の開発はやめよう」という発想は出てきません。
 むしろ、日本以外の外国の常識は、「目的は手段を正当化する」です。
 日本は違います。「君子財を愛す、これを取るに道有り」の文化です。
 手段にも、人の道というものがあるのです。

 天皇の終戦の詔勅でも、その根底にあったのは、人類にこれ以上非人間的な行為をさせてはならないという意思でした。
 負けそうだから戦争やめようというのではなかったのです。
 当時の世情を知らない人には理解しにくいでしょうが、人類がこれ以上無意味な殺傷することを辞めさせたいと思って終戦を宣言したのです。

 これも、ほとんどの日本人なら分かると思います。
 どっちが正しいかということよりも、もう争うのはやめよう、同じ人間なのだからという心理です。

 しかし、余計なことですが、当時のアメリカは、日本の本土空襲を行い、木造家屋をどれだけ効率よく延焼させ、国民の被害を大きくするかということだけを考えていたのです。
 これがSTEM教育の限界です。


 合理的ではあって人間味のないSTEM教育を緩和するために付け加えられたのが、アートという概念ですが、それはSTEM教育の本質とは結びついていません。

 これに対して、日本には、明治時代の初めから和魂洋才の精神がありました。

 洋才は、もちろんSTEMでいいのです。
 しかし洋才だけに走れば、武器の開発は核兵器にまで進み、更に今日のように核兵器を超える兵器の開発へと進みます。
 その科学技術の進化をコントロールする力は、アートという概念にはありません。

 日本は、江戸時代に既にヨーロッパのどの国よりも多くの鉄砲の生産量を誇っていたと言われています。
 しかし、戦国時代が終わり平和な社会が来ると、それとともに鉄砲の進化も止まりました。
 ヨーロッパでは、鉄砲は次々に改良され、より強力な武器へと、武器そのものが科学技術によって進化していきました。

 STEM教育は、今の文脈で語られる限り人間の幸福のための教育にはなっていません。
 科学技術という洋才の外枠をコントロールする和魂という中心がないからです。

 しかし、和魂は、平和とか人類愛とかいうような空虚な言葉ではありません。
 日本文化における和魂の精神を支えてきたのは、言葉ではなく所作だったのだと思います。

 言葉は、ある生きた中身を外から表す結果であって、言葉自体が生きた中身なのではありません。
 大事なのは、その言葉が意図する内容を行為することであり、その行為という所作の中に日本文化の本質があります。

 身近な例で言えば、玄関で靴をそろえるというのは、あとから来た人が気持ちよく入れるようにするためです。
 靴をそろえるときの人間は、平和や人類愛などという言葉を考えているわけでありません。
 しかし、その所作を繰り返す中で、自然にその場にはいない他の人に対する思いやりが生まれてきます。

 目的は手段を正当化するという考え方からは、正しい目的であれば、手段は汚くてもかまわないという考えが自然に生まれるでしょう。
 動作あるいは所作を美しくする文化からは、手段の美しさを基準にして目的をコントロールする考え方が生まれます。

 この世界には、競争や勝敗があります。
 競争に勝つことは第一の目的ですが、その目的と同じくらい大事なのが、競争する相手に対する共感や思いやりです。
 その共感や思いやりは、目的においてではなく方法において現れてきます。

 科学技術の持つ合理性という目的は、どこからも制約されない大義名分として成り立っています。
 その大義名分と異なる価値観は、日本文化の中に流れているさまざまな所作の中にあるのです。

 わかりやすく言えば、日常的に美しい動作を心がけている人にとっては、勝つという目的のためには手段は汚くてもよいという考えは生まれません。

 オリンピックでドーピングが話題になることがあります。
 また一方、日本の選手やサポーターが、試合のあと自分のいた場所をきれいに片付けて帰ることが話題になることもあります。
 部屋をきれいに片付け、グラウンドに一礼をして帰る人が、次はどのように見つからないように反則をするかなどということは考えつきもしないのが普通です。

 落とした財布が返ってくるのは、そういう法律があるからでも、罰則があるからでもありません。
 すべて日常的な所作の延長に、自然にそのような姿勢が生まれてくるのです。

 ここに、単なるSTEM教育の、サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、マセマティックスだけではない、新しい日本的な科学技術教育の可能性があります。

 言葉の森では今、発表学習クラスで、理科実験や社会調査をもとにした自由研究の発表を行っています。
 発表学習で大事なことは、ただ受け身で知識を吸収することではなく、自分から進んで調べたり実験したり経験したり工夫したりすることです。
 つまり、そこにある行為(所作)の中に、日本文化を伝えるきっかけがあります。

 これから、単なるSTEM教育ではない、日本的な文化科学教育として、発表学習クラスの教材を作っていきたいと思っています。

▼発表学習クラスの授業から

「顕微鏡(けんびきょう)で野菜の皮を観察」
https://youtu.be/qPJ_55sKWvg

「料理を作ったこと」
https://youtu.be/h2l67_HGvRo



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森川林 2019年6月25日 8時35分  
 針供養をやる家庭は、もうありませんが、長年使って小さくなった鉛筆を捨てるとき、心の中で「ありがとう」という気持ちになる人は多いと思います。
 仕事も勉強も、基本は合理性に基づいていますが、単なる合理性を超えたものを持つのが日本文化です。
 その合理性を超えた文化を、科学技術教育の中でも生かしていくことができると思います。


nane 2019年6月25日 8時36分  
 科学技術教育は大事ですが、それ以上に大事なのが科学技術を支える心の教育です。
 しかし、心の教育は、抽象的な道徳の話として行われるものではなく、科学技術の実践の中で行われるものなのです。


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