小2のまだ入会して間もないお母さんから電話がありました。
「いろいろなことが忙しくなって子供が消化し切れないので、学校の先生に相談したら、『作文は学校でもやるから作文から休んだらどうですか』と言われた」と言うのです。^^;
こういう方とは反対に、「忙しくても言葉の森だけは続けます」という方ももちろんいます。受験勉強が忙しくなって一時退会するときでも、「受験が終わったら、また必ず来ます」と言ってくれる方もいます。
低学年のうちの作文指導は、言葉の森の学校も表面上あまり変わりません。しかし、学校では子供たちが高学年、中学生、高校生になったときの展望をもって指導しているわけではありません。作文力が本当に必要になるのは高学年になってからですが、それは言葉の森で低学年から続けているからこそスムーズに移行できるのです。
今の世の中にはいろいろな習い事があります。英語やスイミングやピアノは多くの人が習っていますが、それらはいずれもある一時期に習えば済むものです。しかし、日本語の読み書きだけは、一生続く基本になる習い事です。
我が家の二人の子供も、小1から高3までずっと続けた習い事は言葉の森だけで、そのほかはほとんど何もしませんでした。下の子は、小4から地域のバスケットボールクラブに参加していましたが、勉強的な習い事は言葉の森以外に続けたものはありませんでした。
たぶん、今低学年の子供をお持ちのお母さんやお父さんも、子供が大学生や社会人になったときには、こう思うと思います。「結局、日本語をしっかりやっていればよかったんだ」と。
しかし、私は、今の言葉の森の週1回の指導には、まだ不十分な面を感じています。
子供たちの中には、毎日欠かさず長文音読をして、読書をしている子もいます。しかし、家で読む練習は何もせず、ただ週1回作文を書いているだけの子もいます。
この毎日の読む練習がない状態で、週1回作文を書くだけというのでは、やはり実力はなかなかつかないのです。
そこで、この1月から、これまでの長文音読の自習を、長文暗唱の自習に切り替えました。暗唱であれば、やらなければできないということがはっきりするからです。
しかし、暗唱という勉強スタイルは、お父さんやお母さんが若いころにやっているわけではないので、子供にアドバイスしにくいという事情がありました。自分の経験していないことを教えるというのは、なかなか大変なのです。
暗唱は、ただの音読に比べると、一見難しいように見えますが、やり方さえ手順を踏めば実は簡単で、また、音読よりもずっとやりがいがあります。そして、音読よりも確実に実力がつきます。
言葉の森のこれまでの長文音読という勉強法も、斉藤孝氏が音読の本を出すずっと以前から言葉の森で取り組んでいました。最初のうちは、音読ということに抵抗を感じる方も多かったのですが、次第に音読という勉強法が広がり、やがて言葉の森の音読の自習と学校の音読の宿題がぶつかるようになってきました。
しかし、今、音読指導をしている学校は多いと思いますが、いずれもかなり形骸化していると思います。
私の今の考えは、音読は真面目に繰り返して取り組めば効果はあるが、たまに数回読むぐらいでは効果らしいものは出てこないというものです。そして、ほとんどの音読は、そういう効果のない学習で終わっていると思います。
通学教室では、今、作文を書く土台の読む勉強として、長文暗唱と付箋読書に力を入れています。
この勉強法を通信でも行えるようにするのは、かなり難しいのですが、子供たちの実力向上を考えると、これらの読む勉強を避けて通ることはできません。
来年から、この読む勉強を通信教室でも行えるように、今準備をしているところです。
小学校低学年の子供をお持ちのお父さんお母さんは、忙しくなっても言葉の森だけは続けるということでやっていってくださるといいと思います。
低学年で続けるということが、その後の難しい課題に取り組む土台になるからです。