言葉の森は、42年前に、作文教室としてスタートしました。
私は、そのころ、普通の勉強などはだれでもできると思っていました。
しかし、作文はひとりではできません。
しかも作文は人間の思考力、創造力を伸ばします。
そう考えて、作文教室を始めました。
しかし、中学や高校や大学の作文小論文の入試こそ増えましたが、作文は、まだ学校の勉強の中心にはなっていません。
その理由は単純です。
作文の評価をするのが大変だからです。
そこで、私は作文を評価する方法として、プログラミングで森リンという自動採点ソフトを作りました。(特許取得)
しかし、世の中は新しいものを受け入れる余地があまりないので、今、この自動採点ソフトは、言葉の森の生徒の中だけで使っています。
▽森リンベストのページ
https://www.mori7.com/moririn/mori_best.php
やがて、私は、問題は作文教育が普及しないことにあるのではなく、今の教育そのものに問題があるのだとわかってきました。
今の教育の問題は、いろいろありますが、その第一が、勉強の目的が子供たちの成長にあるのではなく、受験の合格にあることです。
受験に合格するためには、どうでもいい知識を詰め込むテクニックが必要です。
そのために、今の教育のかなりの部分は、子供たちの実力を伸ばすことではなく、受験に高得点を取ることに向けられています。
第二の問題は、子供たちの成長の中心は家庭であるべきなのに、家庭ではなく学校や塾が勉強の中心になっていることです。
よく、受験勉強のために、夕飯を一緒にとることができない子供たちが問題になることがありますが、小学生が受験勉強のために夕飯を家族と一緒に取れないということが仕方のないことのように思われていることに問題があるのです。
第三の問題は、子供たちの成長を、子供たちの人間の成長として見るのではなく、点数の成長として見る見方が普通になっていることです。
思いやりとか勇気とか個性とか自立心とかいうものは点数になりません。
点数になるのは、国語が何点、算数が何点、英語が何点という点数です。
人間の成長に最も大事な人間の成長や文化の成長が忘れられ、点数だけで人間が評価されていることに問題があるのです。
第四の問題は、競争です。
人間にとっていちばん大事なものは、個性と創造性です。
世の中が豊かになるのは、一人ひとりが自分の個性を発揮し、それを創造性にまで高めることによってです。
しかし、今、大人も子供の、教育のいちばんの関心は競争に勝つことになっています。
その典型が受験勉強です。
相手を負かして、自分が勝つということが勉強の目的になっています。
それをおかしいと思わない精神こそおかしいのですが、だれもがそれをやむを得ないこととして受け入れているように見えます。
そこで、私は、思ったのです。
教育そのものを変えない限り、今の歪んだ教育は変えられないということです。
新しい教育の目的は、思考力、創造力、共感力を育てることです。
すでに、人類の生産力は、人類全体の消費力を上回っており、人間は食うために働くのではなく、創造のためと喜びのために働くのが当然と思われる時代が来ます。
今の子供たちは、その新しい時代の準備をしておく必要があります。
それが、ひとことで言えば、競争の教育から創造の教育への流れなのです。
言葉の森は、2020年に、作文専科教室から、オンラインスクールという方向へ舵を切りました。
しかし、それは単に学習塾のような教育をすることではありません。
もちろん、教科の成績を上げることは必要ですが、それは競争に勝つためではなく、自分らしい創造の土台を作るためです。
言葉の森は、今、作文クラスのほかに、基礎学力クラス、総合学力クラス、国語読解クラス、算数数学クラス、英語クラス、プログラミングクラス、創造発表クラスを開いています。
それらを今後、本格的に広げていきます。
言葉の森には、なぜか優秀な子が多いです。
クラスで1番とか2番とかいう子もよくいます。
そういう子供たちが、単に競争に勝つための勉強をするのではなく、自分らしい創造を通して世の中に貢献することを目的とする勉強をしていってほしいと思っています。
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今、小123年生対象の基礎学力クラスと、小456年生対象の総合学力クラスをやっているが、このあとは、中123年生対象の全科学力クラスを開く予定。1週目国語、2週目数学、3週目英語、4週目理科社会。
中学生の勉強は、これで十分。
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フキノトウ
言葉の森は、作文教室としてスタートしました。
42年以上前の話です。
「31年の実績」などと言っているところとは違います(笑)。
私自身、学習塾に行ったことはありませんし、うちの子供も塾や予備校に行ったことはありません。
勉強などは、自分ですればいいと思っていたからです。
答えのある勉強は、誰に教わらなくてもできるのです。
しかし、作文は、自分ひとりではできません。
それは、自分で自分の作文を評価することはできないからです。
更に、難しいのは、作文はきわめて負担の大きい勉強だということです。
数学や英語の勉強は、やろうと思えばすぐにできます。
しかし、作文は、気合を入れないと始められません。
だから、ひとりで黙々と独学ができるような勉強ではありません。
作文は、さまざまな勉強の集大成です。
書く技術だけでなく、読む力も、考える力も必要です。
だから、言葉の森は、勉強の塾ではなく、作文の専科教室としてスタートしました。
国語の教室というのは、それなりにニーズがあったのでしょうが、勉強を教えるということは考えもしませんでした。
今は、希望する人に応じて国語読解クラスを開いていますが、それは4年ほど前からです。
国語読解クラスを始めて驚いたのは、国語を教える教室というものがほとんどないことでした。
算数や英語は誰でも教えられます。
教わらなくても、答えを見れば、ひとりでできます。
しかし、国語は、教え方がわからない人がほとんどなのです。
言葉の森が作文教室を始めたあと、かなりあとから、ほかの通信作文教育講座などが始まりました。
しかし、それらの教室の指導法は、昔ながらの赤ペン添削でした。
赤ペン添削は、少し文章力のある大人なら誰でもできます。
低学年の作文添削は、誰でもできるのです。
だから、学校でも、小学校2、3年生ころまでは作文指導がよくあります。
しかし、作文力が本当につくのは、小学5年生以降です。
にもかかわらず、小学校高学年になると、学校の作文指導は少なくなります。
更に、中学生や高校生になって、作文指導が最も必要な時期になるほど、作文指導はなくなります。
なぜ学年が上がると作文指導がなくなるかというと、作文指導の理論と方法がないからです。
言葉の森だけが、日本で唯一小学1年生から高校3年生まで系統的に作文指導ができる教室です。
小学生対象の作文通信教育講座がありますが、これらの通信講座は、小学3年生ぐらいまでしか作文指導ができません。
指導の理論や方法がなく、褒める赤ペン添削のようなことだけで教えている教室では、子供が飽きてしまうのです。
作文の勉強が本当に大事になるのは、小学5年生以降です。
小学5年生から、考える作文の勉強になるからです。
小学4年生までの作文は、考える作文のための助走期間に過ぎません。
しかし、小学5年生から作文の勉強を始めるというのは、子供にとってハードルが高すぎます。
小学校低学年から作文を書くことに慣れておき、その勢いで小学5年生以降の考える作文につなげていくことが大事なのです。
作文指導に関する本は、いろいろ出ていますが、どれを読んでも作文の書き方がわかるようなものは見当たりません。
数年前の本で、齋藤孝さんの「こども文章力」という本がありますが、これは典型的に使えない作文の本です。
この本で、穴埋め作文をいくら練習しても、作文は書けるようにはなりません。
これで、齋藤孝さんが、ブンブンどりむという作文通信教育講座の監修をしているというのですから驚きます。
作文は、作文を書くことで練習しなければ書けるようにはなりません。
穴埋め作文の練習をいくらしても、それは穴埋めの文が書けるようになるだけです。
こういう穴埋め作文の方法しか知らないのは、実際に子供たちに作文を教えた経験がないからです。
これで、「31年の実績」をうたっているとしたら、31年間何を教えていたのかわかりません。
と、少し厳しいことを書きましたが、作文の勉強は最初が肝心です。
小1や小2の、だれもが指導できるような気がする時期こそ、先まで続く作文の勉強をしておく必要があるのです。
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私は、人を批判するのは好きではありません。
大事なことは、批判ではなく創造だからです。
まして、レベルの低い人は批判するのは、何も意味がないと思っています。
しかし、大量の宣伝広告を見て勘違いしてしまう人がいるのは問題だと思い、あえて簡単な批判を書くことにしました。
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公文国際学園中等部 T.H.さん
<担当講師より>
公文国際学園、おめでとうございます!
何にでもキッチリとまじめに取り組む、Hさん。
作文では、自分の体験のみならず、ご家族の体験もしっかり取材して家族ぐるみでいい作品を書き続けてくれました。
中学受験は、夢の実現のための一部と、将来を見据えた生き方に講師の私も脱帽です。
これからも文章で自己表現する力を伸ばして行きましょう。
本当におめでとうございます!
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小学1、2年生の作文は、自由な題名の課題です。
この時期の子供たちは、書くこと自体が好きですから、何でも書きます。
朝起きてから、学校に行って、勉強して遊んで、家に帰って夜寝るまで書くような作文です。
このころの子供たちは、また、お喋りが好きです。
どうでもいいようなことを延々と話します。
作文も、そうです。
どうでもいいことを延々と書くような作文が多いのです。
そこで大事なことは、題材作りです。
自由な題名ということで子供に任せておくと、いつも、学校でどんなことをしたとか、学童でこんなことをしたとかいう作文になることが多くなります。
もちろん、それはそれでいいのです。
しかし、ここで、親が工夫できることがあります。
それが、題材作りです。
「今度、お母さんと一緒に、春の球根を買ってきて、植えてみようか」
とか、
「お父さんが休みの日に、一緒にカレーライスを作ってみようか」
とか、
「ベランダに、ミカンを置いて、どんな鳥が来るか見てみようか」
とか、ちょっとしたイベントを工夫するのです。
そして、作文の授業のある日に、「今日、どんなこと書くの。この間のあのことを書いてもいいんじゃない」と水を向ければ、子供は喜んでその話を書きます。
ここで大事なことは、書く内容に注文をつけないことです。
子供は、往々にして、肝心なことを書く前の、どこに行ったというような準備のところを書くだけでくたびれて書き終えてしまうことがあります。
しかし、親子で行ったイベントは、子供の心の中にしっかり残っています。
だから、作文には、肝心なことが書かれていなくてもいいのです。
この題材作りは、いくらでも工夫できます。
わざわざどこかに出かけたり、お金をかけて工夫したりすることはありません。
日常生活の延長で、ちょっとしたことをすればいいのです。
子供は、親子の対話の中で、語彙力を増やします。
親子で共通の話題を作り、話す機会を増やすと、子供の感想が長く書けるようになることが多いのです。
よく、作文の結びを、「とてもたのしかったです。またやってみたいとおもいます。」というようなまとめ方で書く子がいますが、それは感想を書くための語彙が少ないからです。
子供が自分らしい感想を書けるのは、親子の対話によって考える力がつくからです。
小学1、2年生の時期は、あっという間に過ぎます。
この時期を生かして、子供との対話の機会を増やすようにしていってください。
そのための参考になる本が、今はいくつも出ています。
アマゾンで、「子供 自然 図鑑」などと検索すると、親子で遊べる自然の本がいろいろ見つかります。
子供にとって大事なことは、実際の経験と対話を通して学ぶことです。
「語彙力図鑑」のような知識偏重の本を読むことで、語彙力が身につくわけではありません。
実物を通して親子が対話をすることが大事なのです。
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水飲み場のスズメ
小学1、2年生の作文は、親でもブンブンどりむでも教えられます。
しかし、なぜ言葉の森で作文の勉強を始めるのがいいのでしょうか。
実は、小学1、2年生は、大人の言うことを素直に聞く時期です。
この時期は、模倣の時期と言って、お父さんやお母さんや先生に言われたことをそのまま受け入れる時期なのです。
しかし、何でも素直に受け入れているうちに、やがて小学3、4年生で、子供の自立が始まります。
その自立の時期に、それまで素直に親や先生の言うことを聞いていた子が、自己主張というかたちで、それまでの親や先生の指導に反発するようになります。
その反発は、小学1、2年生のうちに、いろいろなことを直されたり注意されたりした子ほど大きくなります。
小学1、2年生のときの、褒められ続けた子は、小学3、4年生になっても反発はありません。
ところが、ほとんどの親は、子供を褒め続けるよりも、いろいろな注意やアドバイスをしてしまいます。
「もっとていねいに書きなさい」「漢字も使いなさい」「この書き方が間違っている」「会話は行がえをするんでしょ」「この言葉はカタカナで書くんだよ」「もう少し長く書けたらいいね」など、どれもあたりまえのアドバイスですが、それを素直に聞いているように見える子供は、自分の書いている作文が否定されていると感じるのです。
表記のミスは、注意をしなくても、読書量が増えれば自然に直ります。
また、読書力のある子は、ひとことの注意で直りますが、読書力がないうちは、同じことを何度注意しても直りません。
子供が3、4年生になって、「もう作文を書くの嫌だ」と言ったとき、親は対処の仕方がわかりません。
その時期から、言葉の森で作文の勉強を始めようと思っても、もう遅いことが多いのです。
小学1、2年生から、言葉の森で作文の勉強をしている子は、いつも楽しく勉強をしているので、3年生になっても4年生になっても作文の勉強を続けることができます。
作文の勉強が最も重要になるのは、小学5年生の説明文の感想文になってからです。
しかし、この時期から作文の勉強を開始するのは、子供にとって負担が大きくなります。
5年生の壁というのは、作文だけでなく、算数でも理科でも社会でも、どの分野でもあります。
子供は、小学5年生になるころから、抽象的に考えることができるようになります。
文章の要約ができるようになるのも、小学5年生からです。
だから、5年生から作文の勉強を始めるというのは、子供にとっては、書くことと考えることの両方が要求されるようになるので、かなり負担の大きいことになるのです。
小学1、2年生から作文の勉強を始めた子は、作文を書くことが習慣になっています。
だから、課題が難しくなっても、それについていきます。
そういう流れがあるからこそ、小学生の作文の勉強は、たとえ親が教えられるのであっても、言葉の森で小学1年生から始めていくのがいいのです。
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キリンの首が長いのは、背の高い木の葉を食べるためだった。
多くの草食動物たちが、背の低い草や木の葉を食べて競争しているとき、キリンが考えついたのは、首を長くするという創造だった。
棲み分け理論は、創造の理論である。
生き物たちは、ダーウィンの進化論のように適者生存で競い合って生きているのではない。
それぞれが、自分に適した創造を作り出して生きている。
ひるがえって人間社会を考えてみると、競争が生きる目的にさえなっている。
競争とは、狭い枠組みを与えられて、その枠組からはずれないという制約のもとで優劣を競い合う。
千葉のマザー牧場で、豚の徒競走というものがあった。
思わず、笑える光景だったが、実は、人間社会にも同じような競争が広がっている。
人間が、豚以上に競争に熱中するのは、その勝敗に、損得が結びつくからだ。
限られた枠組みで競い合う発想から抜け出て、キリンのように新しい創造をすることが、これからの社会には求められている。
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キンカン
自習室を使う人が増えてきました。
保護者懇談会の資料でお知らせしてからか、それまで1日に1人か2人だった自習室の利用が、毎日10人以上、多いときは20人近くになりました。
自習室の利用は、言葉の森の生徒と、生徒のお友達とご兄弟であれば、誰でもできます。
生徒とお友達とご兄弟に限定させていただくのは安全のためです。
自習室のメインルームは、カメラオン、マイクオフですが、ブレークアウトルームで息抜きをするときは、ブレークアウトルームでお喋りもできます。
ただし、ブレークアウトルームでの休憩は10分以内とします。
自習室は無料ですから、24時間いつでも自由に使えます。
ほとんどの時間、先生も一緒に自習室に入っているので、安全面での心配はありません。
今日1月30日(火)は、平日ですが、朝3時に自習をしていた小学生、朝6時に自習をしていた中学生がいました(笑)。
学校に行く前に、勉強をしているのだと思います。
自習室を利用するとき、他の人も同じように勉強しているのを見ると、自分もがんばろうという気になります。
ですから、できるだけ多くの人が利用してくれるといいと思います。
勉強の基本は家庭学習です。
学校に行ったり、塾に行ったりして、みんなと一緒に勉強する時間は、たんなるきっかけ作りの時間です。
学校や塾で勉強をするのではなく、家庭で勉強をするというのが勉強の基本です。
ところが、家庭学習は、始めるときが難しいのです。
何もないところで、問題集を開いて「さあ、勉強を始めよう」ということは、なかなかできません。
そのときに、「とりあえずパソコンを開いてみよう」、そして「自習の記録を書いてみよう」、そして「自習室に入ってみよう」と、段階を置いて勉強の準備をすれば、比較的スムーズに自習を開始できます。
そして、いざ自習室に入って、ほかの人の勉強している姿を見れば、自然に自分も勉強モードになります。
勉強が終わったあと、自分の自習グラフを見れば、明日もがんばろうという気持ちになります。
ぜひ、多くのみなさんが、自習室を利用して、家庭学習を無理なく進められるようにしていってください。
▽森の自習記録(自習室の入口)
https://www.mori7.com/teraon/js.php
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白梅
創造発表クラスは、自由な実験や研究の発表をするクラスです。
これまでの勉強は、すでに完成されている知識を与えられ、それを覚えて、試験のときに再現するというサイクルの中で行われていました。
だから、記憶力のよい人や、長時間勉強する人が、いい成績を取れる仕組みになっていました。
確かに、知識を習得することは大切です。
しかし、今の教育は、学年が上がるにつれて、試験で点数の差をつけるために行われる面が強くなります。
そのために、試験が終わればすぐに忘れてしまうような瑣末な知識を詰め込むような学習が行われてきたのです。
現在の中学入試、高校入試あたりまでは、まだ知識の詰め込み中心の試験が続いていますが、その先の大学入試では、一足先に総合選抜型の入試が広がっています。
総合選抜で評価される学力は、思考力、創造力、発表力、作文力、面接力などです。
これに、個性、意欲、問題意識などが加わります。
高校では、2022年度から探究学習が授業に取り入れられるようになりました。
この探究学習は、大学入試の総合選抜と共通の考え方にもとづいています。
つまり、知識の詰め込み教育から、創造力と発表力の教育へと、学習の重点が大きく変わりつつあるのです。
最近でも、次のような総合選抜の記事がありました。
====
「総合型へ入試をシフト」 東北大総長が語る改革、25年後の姿
https://www.asahi.com/articles/ASS1R6FQ3S1RUTIL048.html
東北大の大野英男総長は昨年、入試の一般選抜について「全て総合型選抜へ移行したい」と表明した。これまで増やしてきた総合型の枠をさらに広げ、「未来を描ける人」「多様な才能を持つ人」を世界から集めたい、と狙いを語る。
====
====
筑波大学長「入試は面接と論文中心に」 背景に留学生と少子化
https://www.asahi.com/articles/ASS1R6DKHS1RUTIL046.html?iref=pc_extlink
どんな入試を開発したらいいかは難しいが、何年もかけてやるしかない。
海外の有名大学の入試では、筆記の難度は大学入試センター試験ぐらいだが、長時間の面接と長い論文を課す。テーマは正解のない問いで、例えば「死刑はなぜ廃止しなくてはならないのか」など。日ごろから物事を論理的に考えていることが要求される。
====
====
東大が「推薦」出願枠を増やし、異例のメッセージを出した理由とは? 武田副学長に聞く
https://www.asahi.com/edua/article/13616568
教員側からは、推薦生について、総じて一般生より高い評価がありました。学力はもちろん、意欲や積極性、リーダーシップについては一般生より高いと。詳しく言うと、プレゼンテーション能力、表現力、社会に対する問題意識、協調性も高い。つまり5年間の評価として、推薦生は非常に優秀で、うまくいっているんだと。
====
では、総合選抜型の入試には、どういう対策をしたらいいのでしょうか。
それは、作文の学習と同じです。
小学生のころから、作文の練習をしている生徒は、書くことに慣れ、文章を書くことに自信が持てるようになります。
同じように、小学生のころから、創造的な学習を行い、みんなの前で発表することに慣れている生徒は、総合選抜型の入試にも自信を持って対応できるのです。
これは、大学入試だけでなく、自己アピールを必要とする就職試験などにもあてはまります。
創造性を生かす学習をしてきた生徒は、社会人になってからも、自分らしい創造的なことに挑戦しようと思うようになるのです。
これからの教育は、知識詰め込み型の教育から、創造発表的な教育や作文的な教育へと大きく重点が変わりつつあります。
創造発表クラスでは、参加者は、自分の興味のあるテーマで、自由に実験、研究、調査、工作などを行います。
それをみんなの前で発表し、ほかの人の発表について質問や感想を述べます。
高校で行われている探究学習は、グループ学習というかたちで進められます。
グループでひとつのテーマに取り組むため、自分のあまり関心のない分野の研究を割り当てられることもあります。
また、発表もグループとして行われるので、個人が責任を持って発表をするわけではありません。
探究学習を真に意味あるものにするためには、一人ひとりが個人の関心にもとづいて、ひとりで研究を深め、ひとりで発表を工夫する必要があります。
そこで、活用できるのがChatGPTです。
研究テーマが個性的であればあるほど、相談できる人や、参考になる本は限られてきます。
すると、問題意識自体は個性的で優れたものであったとしても、それを深めることができません。
そのときに、ChatGPTに研究の方向を相談するのです。
ChatGPTは、どんな分野についても詳しい知識を持っている友達のようなものです。
いくら聞いても、同じように詳しく親切に教えてくれます。
ChatGPTのアカウントを作るには、メールアドレスが必要です。
メールアドレスは、Gmailで13歳になれば取得できますから、中学生は自分のChatGPTアカウントを作ることができます。
ついでにZOOMとYouTubeのアカウントを作っておくといいと思います。
そうすると、作品の発表を動画で作成することができるようになるからです。
ChatGPTは、無料で使えるのがChatGPT-3.5で、有料の場合はChatGPT-4になります。
有料の金額は月額2000円ぐらいですから、無料のアカウントでいいのですが、有料にすれば高機能になります。
小学生の場合は、お父さんやお母さんに作ってもらったChatGPTのアカウントを利用するといいと思います。
自分の研究したいことが決まったら、次のようにChatGPTに聞きます。
「私は、中学○年生です。今、○○について研究をして発表したいと思っています。どういう方向で研究を進めたらいいと思いますか」
自分の学年も言っておくと、その学年にふさわしい方向で話をしてくれます。
ChatGPTは、友達ですから、気軽に聞くことができます。
「それでは、具体的にどこを探せばいいの」
とか、
「それに関連するサイトや本を教えて」
などと、追加の質問を次々にしていきます。
自分の知りたいことを検索で探すのは時間がかかりますが、ChatGPTに聞けば焦点の絞られた話をすぐに教えてくれます。
参考資料や参考画像を集めて、自分の研究結果がまとまれば、今度はそれをChatGPTに聞いてみます。
「私は、次のような研究レポートを作りました。これについて、アドバイスをしてください」
そして、自分の書いたレポートを貼り付けるのです。
すると、ChatGPTは、どこが説得力に乏しいとか、どこに誤字があるとかいうことを細々と教えてくれます。
最後に、「このレポートを150字に要約して」と頼めば、レポートの梗概(こうがい)も作成してくれます。
もちろん、要約は、自分で作ってもいいのです。
こうして發表するレポートができたら、ZOOMの共有画面でそのレポートを広げながら、レコーディング機能で、動画を作成します。
カメラをオンにすれば、自分の顔も一緒に写りますが、カメラをオフにしておけば、共有画面だけが動画になります。
10分以内の動画であれば、言葉の森の発表室に送信できます。
しかし、将来、自分の動画をまとめて蓄積しておきたいと思う場合は、YouTubeのアカウントを作り、そこにアップロードしておくといいでしょう。
YouTubeにアップロードする動画は、公開、限定公開、非公開のいずれかを選べます。途中で変更することもできます。
いずれ、将来、入試で自己アピールをする際などには、この動画を見せるのが最も説得力があるということになると思います。
YouTubeのような外部のサービスにアップロードするだけでなく、SSDなどに保存しておけば、将来、YouTubeのサービスが使えなくなっても安心です。
現在1TB(テラバイト)のSSDは、9,000円程度です。
ZOOMで作る約10分の動画は35MB(メガバイト)ぐらいです。
1TBは1,000GBで、1GBは1,000MBですから、1枚のSSDで、ZOOMで作った10分の動画が28,500本ぐらい保存することができます。
現在の勉強を、多くの生徒は苦しい勉強だと思っています。
それは、将来使うあてのない細かい知識を覚えさせられたり、調べればすぐにわかることを記憶させられたり、わざと間違えやすいように工夫された計算問題を出されたりして、それを点数化して競争させられる勉強になっているからです。
本来の勉強は、自分のやりたいことがあり、それをするために必要な知識を学ぶという前向きのものです。
そして、学ぶだけでなく、更にその勉強に工夫を加えることもしたくなるのが本当の勉強です。
勉強は、もともと楽しいものであるはずなのです。
創造発表クラスは、本来の楽しい勉強をするための教育です。
こういう先取りの勉強に参加することが、自分の未来の先取りになります。
今の中学生は、退屈な勉強と楽しい部活を中心に生活していると思います。
部活動は、友達との交流があり、勝敗やコンクールという共通の目標があります。
だから、多くの子が部活に熱中しますが、その部活の方向は、既存の与えられた枠組みの中での狭い競争です。
ほとんどすべての子は、その部活の延長でプロになるわけでも何でもありません。
ただ競争と勝敗があるから、そのときだけ熱中しているという一時的なゲームの世界の熱中なのです。
もちろん、熱中したことは、人間を成長させ、生涯の懐かしい思い出になります。
しかし、これからの時代は、自分らしく生きることが大切になります。
勉強も、遊びも、自分らしいことが基本です。
人に合わせた勉強や遊びではなく、自分の中から湧いてくる勉強と遊びを育てていくことが大事になるのです。
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創造発表の勉強のネックになるのは、個性的なテーマであればあるほど相談相手になるような人がいないことです。
そのときに、ChatGPTが活用できます。
人から枠組みを与えられた勉強ではなく、自分で勉強の枠組みを作ることがこれからは重要になってきます。
この創造的な勉強が、これからの総合選抜時代の勉強でもあるのです。
====
ChatGPTを活用する未来の学習。探究学習より一歩進んだ、一人ひとりの個性を生かす創造発表クラス。学校や塾ではできない面白い勉強をしたい小5から中3の生徒の体験学習を募集
https://www.mori7.com/index.php?e=4955
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